自分の脳ミソが信じられなくなった件

俺は、このごろ忙しい。

…あ、仕事がね、仕事。

日に何箇所も走り回るのを何週間も続けている。
電話も各方面から何度も何度も来るなんてもんじゃない。
いいかげん嫌になるが、仕事だから仕方ないってば仕方ない…。

ある日、事務所から電話が入った。

“…ったく、何だよぉ、この忙しい時に…”

事務所からの電話は、大変申し訳ないが無視する確率が60％ほど…。

“そんなん書置きで済むだろ！”…とか、
“そんな事わかってるわい！”…とか、
“それは俺に伝える事じゃねーよ！”…とか、

バ○丸出しの事柄が多いのも理由の一つである。

…しかしその時、俺は事務所からの電話に出てしまった。

『○○さんという方から電線に掛かって危険な支障木の事で電話欲しいそうです。携帯番号を聞いてるので、今メモれます？』
※ちなみに俺の職業は林業※
「…ちょっ、それって北電(北海道電力株式会社)の仕事じゃねーのか？」
『それが…けっこう大きい木だから相談したいそうなんですよぉ。』
「ふぅーん…急いでた？」
『…いや、手の空いた時で良いそうです。』


“じゃあ会社に帰ってからで良いじゃねーかよ！”


『…良いですか？言いますよ？』
「おい、ちょっとまて！今手帳出すから。」


…てな具合に切羽詰った空気を奇跡的に作られ、思わず番号をメモってしまった。


そして俺は“手が空いた時で良い”という条件をインプットし、今やるべき仕事に戻った。

…完全に戻った。

故に電話しなきゃならない、という事項を忘れてしまった…。


── 数日経過…とある顧客との打合せの後 ──


…ん？

俺、何か忘れてるよなぁ…。

…あっ、そうだ！

メモった電話の人に連絡しなきゃならないんだった！

…えーと…メモ帳は…っと…あれ？…どこだっけ？？

あー、そうそう、ベストのポケットだ。

…あれ？…ベストが…どこいったぁ？

その時着ていたのは会社の上着…。
俺は現場仕事の時は沢山ポケットがある作業用ベストを着用している。
そして役所や顧客の所に行く時は会社の上着を着たりと使い分けしているのだ。

いつも着替え用の服は、車の後部座席に積んである。
今は会社の上着を着ているので、ベストがあるはず…。

あるはず…

あるはずなのに…

…ないっ！！

俺はベストをどこで脱いだんだぁ？？

…脳ミソが高速回転する。

あの電話を受けたのが…たぶん二週間くらい前…。


あのメモ帳は必ずベストに入れているんだし…。
更には名刺入れもベストに入れているんだし…。
この二週間、どこでそのメモ帳を使ったか、どこで名刺を出したか…。

二週の間に行った場所は…

パッと思いつくだけで十箇所近くあるー！！

…そうだ、ベストはまあ良しとしよう。

うちの事務員がその時の電話番号をどこかにメモってるかもしれない！

「あのさー、二週間くらい前にさー、電話番号教えてくれたじゃん。」
『…え？…何でしたっけ？』
「あれ、電線に木がどうのって人の…」
『…あー、確かそん事が…』
「その件って、どっかにメモ残ってたりしない？」
『えぇーっ、伝えたから捨てちゃいましたよぉー』

……そりゃそうだ…よなぁ…。

まあ、どーでもイイってばイイような件なのだが、俺は気になり出したらどうにもならん性質なのよ…。

ベストは何処へーーーー！！

まずは車内を捜索。
荷台からシートの下まで引っ掻き回したところ…不明。

そして自宅を捜索。
思い当たる箇所を全面的に捜査したが…不明。

次に会社を捜査。
デスクの周囲、ロッカー、度々行く部屋…皆無。

いよいよ作業員達に聞き込み。
「俺、あそこでベスト着てたっけ？」
「俺、あそこでベスト脱いだりしたっけ？」
『う～ん…そう言われてもなぁ～』
…そりゃそうだよ。
他人の着てるものなんて気に留めてるわけがない。

そして皆が言うには“俺は普段から、その辺に物を脱いで置いたりしたのを見たことがない”…と。
現場人間ってけっこう暑いと上着脱いであっちこっちに置いたり枝なんかに掛けたりする癖のある人間が多いが、確かに俺は“車に乗った”とか“事務所に戻った”とか“家に帰った”とか以外で上着を脱ぐ癖は無いのだ。

しかし、車にも会社にも家にもない。
更にこの二週間忙しくて、客の家に上がり込んだり、役所のソファーに座って打合せなんて余裕はなかった。

…そうだ！

人間、異常に忙しいと、普段しない行動をするかもしれない！

俺は二週の間に行った全て現場でそこら中を探しまわった！

しかしながら…どこにも無い…

…ん？

そうだ！

ベストを着てたのは仕事中だけではない。
バンドの練習にも一度着て行った気がする！

そして昨夜、そのバンドの練習があったのだが…ベストはなかった。
バンドメンバーも口々に『あの時、ベストなんて着てなかったと思うなぁ』…と。

── そして本日、

もー諦めるぞ！！

…と、心に誓った数分後…

見覚えのない番号から電話が入った。

出てみたら…何と！！

メモの人ぢゃないかっ！！！！

俺から連絡が無いもんだから、事務所に俺の番号を聞いてかけて来たのだっ。

そして、その人と話してるうちに、過去のシーンが走馬灯のように甦った！！！！

ベストはあそこだぁぁぁぁーーーー！！！！

何とまあ俺は、先週の金曜日に御客さんの家の“物置”で缶コーヒーをゴチになりながら その時、物置の中が凄く暑くてベストを脱いで脇の棚にポンッと…。

もう既にどうでも良い存在となったベストだが、思い出した嬉しさの余りその御宅に直行！

『あっ、この前ベスト忘れてったしょ～。どうせまたそのうち来ると思って連絡もしなかったわ～』

そりゃそうだ…

そんなもんだ…

その程度の出来事だ…。

そんな事でこの数日俺は悩み続けていたのだよっ！！！！


…にしても…


何故に肝心なこの部分だけを綺麗にスポッと忘れていたのか？

不思議で仕方ない…。

俺の脳ミソの構造と動きを調査したくなった今日この頃であーる。